荒井弘史さん(荒井弘史靴研究所)インタビューメインイメージ

荒井弘史さん|荒井弘史靴研究所|インタビュー

靴づくりの技術者として 履く人が手放せなくなるような靴をつくりたい

大学(工学部)在学中から靴づくりに興味を持ち、大学の地元・山形にある宮城興業株式会社でアルバイトをはじめたのが現在のキャリアの始まりとなった荒井弘史さん。宮城興業では、靴好きの若いスタッフを研修生として採用する制度があり、荒井さんはその第1号です。約14年間で生産現場の全工程と企画営業の仕事を経験した後に、2008年に独立。東京・浅草という日本を代表する靴の産地に「荒井弘史靴研究所」を設立しました。この研究所は、靴に関するデータを取ったり、学識を高めていくだけの場所ではありません。商品を「みがきわめる」ための場であり、ある人にとっての究極の靴を創るための「靴づくりの雑用全般」を担う仕事がメインだと荒井さんは言います。

靴の技術者(エンジニア)として、時には商品企画、デザイナー、パタンナー、木型モデリスタなどをこなしつつ、依頼者と生産者とをつなぐパイプ役になり、固定概念に縛られない新しい靴を生み出す荒井さんの原動力を探るべく、EYELET編集部が単独インタビューをさせていただきました。

商品を研き究めるための「荒井弘史靴研究所」

デザイナー、職人、販売など一言で表現できる仕事が多い靴業界の中で僕の仕事は少し複雑です。それというのも、「靴づくりの雑用全般」がメインの仕事だから。例えば、ある服飾デザイナーが靴をつくりたいと思った場合、そのデザイナーには、靴の製造工程の知識はありませんよね。知識がないまま、つくりたい靴のデザインを起こすと、設計上の無理があって、つくることができなくなることが、ままあります。そんな時に、違う流れを組んであげたり、その要望を実現できる技術を持った会社や職人とをつなぐ靴の専門家が必要で、そういうところに自分の経験や技術、人脈を生かすべく荒井弘史靴研究所が存在していると思っています。いわば、商品を「研き究める」ことがミッションの研究所です。そのなかで、自分のポジションを一言で言うならば、「技術者」かもしれません。14年間在籍していた宮城興業時代には、木型づくりから1足仕上げるところまで、技術を修得できましたが、プロレベルの技術があると言えるのは、型紙の作成とヒール貼りから底みがきまでの工程の部分。あとは、企画営業時代に培った、デザイナーの要望を生産現場に落とし込む知識だと思っています。もちろん、デザインの仕事が来れば、デザインもしますし、それも仕事のうちです。ただ、「これが自分のスタイルだ」と言ってつくるよりは、人がほしいと思っているデザインをヒアリングして実現する方に、やりがいを感じています。
だから、依頼があればなんでもやります、というスタンス。しかも、依頼者の要求レベルが高ければ高いほど嬉しいです。これまで難題に応えてきたという経験がありますし、なんでも臨機応変にやってしまえるのが僕の武器。そういう観点から、自分は技術者なんだなと感じています。

荒井弘史さん(荒井弘史靴研究所)インタビュー新作Ninja2イメージ
パターンセレクトシューズのサンプル。このモデルは九分仕立てで、底付は「レコット」代表の津久井玲子氏が手掛けたもの
荒井弘史さん(荒井弘史靴研究所)インタビュー木型イメージ
荒井さんが自らつくる木型。手に取って見ると、まるで人間の足そのもののような形でおもしろい

“かたち”に自然と宿る自分流の「こだわり」

依頼を受けてつくる靴は、必ずしも、自分が履きたいと思えるデザインとは限りません。もちろん、靴が好きだから、靴づくりに携わっているわけですが、実はヨーロッパやアメリカの靴に憧れたわけではなく、学生時代に履いていたレザースニーカーが気に入って手放せなくなるという経験をしたからです。
だから、僕が手掛ける靴は「シューズ」じゃない。「荒井弘史靴研究所」の英訳はあえて、「Hiroshi Arai’s Laboratory of “Kutu”」としてます。
とは言え、依頼者が欧米的なデザインの靴をほしいと言ったら、もちろんつくります。でも、つくる中で、自分で履きたいと思えるレベルのものをめざそうと思うわけです。そうすると、自分のこだわりが自然と入ってしまう。自分の意志を生かしたり、殺したりしながら、そのせめぎ合いの中でなにかが生まれる。結果的に、商品が磨きあげられるという感覚がありますね。
また、欧米の靴でも先人たちが履物をつくってきた知恵を感じると、嬉しくなってしまいます。このラインは骨がこうなっているから、入っているのだなとか、この位置が曲がるように革を裁断していたのだとわかると、「なるほど」と思いますよね。
だから、僕がつくるものも、なにかこだわりがあると感じてもらえるように表現したい。「強い主張があるわけではないけど、なにかあるな」とか、「なんか変だね」という言葉でも、「なにか」を感じてもらえれば嬉しいです。

荒井弘史さん(荒井弘史靴研究所)インタビュー靴コレクションイメージ
「なにか」が詰まっているコレクション。機能的で上品なイメージのデザインが多い
荒井弘史さん(荒井弘史靴研究所)インタビュー道具イメージ
こだわりを形にする道具。パートナー企業とともに協力しながら商品をより良いものに磨きあげていく

履き手の個性を引き出し、手放せなくなる靴

どんな靴が良い靴かと聞かれると、それはその人がなにを望むかによって決まっていくのだと思っています。使いやすいだとか、履き心地の良さだけがその人にとって良い靴ではありません。自分にとっての良い靴は、「手放せない」と感じる靴です。それも、どうしても、この靴を超える靴がないから、ついつい履いちゃうという靴。その要素は、履き心地だったり、革の表情だったり。この1足があればどうとでもなるという靴が理想です。もちろん、着用シーンにあった靴を履くのが正しいですけれど、座っているときや歩いているとき、生活しているスタイルの中で、どんなときでもできれば同じ靴で過ごしたいと思えるのが、手放せない靴だと思います。
しかし、自分のために誂えた靴でも、なかなか「手放せない」レベルまで行くのは難しいものです。ましてや、依頼者の靴となるとハードルが高いですね。それでも、なぜ手放せないほどにはなっていないのか、どこが満足できないのか、というところから、こうしたらどうですか、という提案をしたい。そんな想いから、これまでの取引先との靴づくりだけではなく、個人のお客様の靴をオーダーメイドで誂えるというサービスをはじめました。
履いている靴に100%満足している人は、ほとんどいません。でも、漫然と靴を履くのではなく、どんな靴を履きたいのかということを自分自身が認識できない限り、満足には遠いのかもしれません。オーダーメイドで靴を誂えるという行為は、自分はどんな靴がほしいのかを考えるきっかけになります。あなたの個性やライフスタイルにあった靴と出会い、手放せない、かけがえのない1足となるのを願っています。

荒井弘史さん(荒井弘史靴研究所)インタビュー研究所の棚に並ぶ足形
研究所の棚に並ぶ足形。履き心地へのこだわりを感じます
荒井弘史さん(荒井弘史靴研究所)インタビューアート名「When I’m 84」イメージ
アート名「When I’m 84」。長く愛用できるように、コバの張りを大きくしています
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[編集後記]

荒井さんがご自身の仕事について表現された「技術者(エンジニア)」という言葉。考えれば、考えるほどぴったりだなと、感銘を受けました。もちろん、デザイナーでもあったり、企画営業的な要素も多分にあるので、マルチプレイヤーやパイプ役でもあったりするのですけれど、すべてを言い表せていないように感じていました。対して、「技術者」というと、サービス(商品)を実現するために、どのような状況にも合わせていくことが求められる職種。やったことのない仕事でも、どうやったら事がうまく運ぶのか、要点を捉え、課題を克服していくことが仕事です。そういった面から荒井さんの仕事を捉えると、やはり「技術者」なんだなーと思います。
さて、今回のインタビューの中で、印象的だったのは、靴をつくる工程では、誰しもがデザイナーだという言葉。例えば、同じ型紙と同じ革を2つの工場に渡した場合、全く異なるものが出来上がるというのです。それは、機械が同じでも、作業する人が違うから。設計書を渡したところで、つり込み職人がどこまで釣り込むのか、革をどういう方向で断裁するか、人の感覚に委ねられていて、それぞれがデザインをしているのに近いそうです。だから、仕事を頼むにしても、この仕事なら、この人に頼めば思った以上の形にしてくれるという観点から考えるという話を聞かせていただきました。人とのやり取りやコラボレーションの中で、さらに良いものができるものづくりのおもしろさを感じたインタビューでした。

荒井弘史さんプロフィール

荒井弘史さん(荒井弘史靴研究所)インタビュープロフィールイメージ
あらい・ひろし/茨城県生まれ。山形大学工学部卒業。在学中から、将来の進路として、自分の腕で一からものをつくれる靴づくりに興味を抱き、宮城興業でアルバイト。卒業後そのまま同社に就職し、製造現場、企画営業の職を経て独立。2008年、東京・浅草に「荒井弘史靴研究所」を設立した。
この研究所のコンセプトは、靴を「研き究める」。商品を高め、極めていくために、靴の技術者として、時には商品企画、デザイナー、パタンナー、木型モデリスタなどをこなしつつ、制作のディレクションをしている。
荒井弘史さん(荒井弘史靴研究所)インタビュー 外観イメージ
[お問い合わせ]
Hiroshi Arai’s Lavoratory of ”Kutu”
〒111-0033 東京都台東区花川戸2-4-11 奥栄ビル1F
HP : http://h-arai.com/
ACCESS :
東京メトロ 銀座線 浅草駅より徒歩5分

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